里村は、2004年に村制113年を迎える、由緒正しい村です。 現在、村の南西にある遠目木山(423m)と北にある遠見山(250m)の部分が島で、 その間の部分は海でした。そこに砂が堆積し、陸繋砂州(トンボロ:イタリア 語)で繋がることで現在の上甑島が成立しました。里村の市街地は、そのトン ボロの上にあります。
| 里村制施行100周年記念碑。明治政府による市制町村制が出来たのが1889 年ですから、その2年後に成立した村ということになります。 |
| 市街地といっても大規模なものではありません。 かつて農業や漁業 で栄えた村も、今となっては過疎化が進み、人口も1500人余りにまで落ちこん でしまいました。 |
| こんなのどかな風景が広がっています。
そういえば、村内に止めてある自動車のほとんどの鍵は開けっぱなし。 出掛けるときにも戸閉まりしない家もあるそうです。 そして、村内を歩いていると、見知らぬ人からも挨拶されます。 ここ30年ほどで日本が失ってしまったものが、まだこの村には残っているよう に感じました。 |
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| 村役場の前にある、村唯一の信号機。 この交差点にしても、信号機が必要なほどの交通量はありません。 |
| 串木野から船が来る港と反対側の海岸(西海岸)はこんな感じ。 |
| 学校は、小学校が1校と、中学校が1校あります。 写真は里中学校。 |
| 高校はない ので、高校に進学する子供たちは皆、下宿することになります。 ちょうど春休みの時期だったせいか、港の近くの道にはこんな横断幕が張られ ていました。 |
| 夏は涼しく冬は温暖と過ごしやすいのですが、台風も良く来ますし、そうでな くとも常に強い風が吹いています。その風のせいで、フェリーなどもときどき 欠航します(実際、帰りの予定の便が欠航しました)。そんなわけで、昔からあ る家は風を避けるように低く作られていました。 |
| その強い風を利用する、ということで、村の南西部にある遠目木山には風力発 電所も作られています。発電所自体は無人で、上甑村にある火力発電所から遠 隔制御されています。 |
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| 原発のある川内市から近いので、放射線の測定装置(モニタリングポスト)が港 の近くに設置されていました。 |
| 現在整備中の下水道用のマンホール。
「ひょっこり トンボロ 魚(いお)ん里」と書かれています。
さて、私が訪ねたときには、下水道工事、道路工事、港湾工事などが行われて いました。聞くところでは、これらに限らず、年中どこかで工事が行われてい るとのこと。おかげで長目の浜への道は往復2車線の快適な道路になりつつあ りました。「農業にしても漁業にしても、基本的に自給自足であり、現金にな らない。お金を稼ぐには、役場で働くか、工事現場に出るかしかない」 と地元の若者は語ってくれました。 |
| 水路で水遊びをする子供たち。 このおばあさんは、「この水路もかつては 護岸されていなかったし、道路も舗装されていなかった。便利にはなったんだ ろうけど、本当に良いことなのだろうか」とおっしゃってました。 |